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イベントレポート vol.02(後編)
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バイエルン放送交響楽団テューバ奏者シュテファン・ティシュラー氏によるマスタークラスとトークショーを、名古屋フィルハーモニー交響楽団テューバ奏者の林裕人氏にレポートしていただきました。本記事は2部構成となり、こちらのページは後編となります。(2025年1月)レポート前編はこちら
後半は少し長い休憩を挟み、〈メルトン・マイネル・ウェストン〉のテューバ “197/2”、“97/2”、“4250 Tradition”についてのトークショー。まずは“4250”(“4260”)についての話をしてくださった。まずこの楽器が、現在我々が目にしている形になるまで、とてつもなく長い道のりだったようだ。
本当にいいF管とは何なのか、低音域が安定した響きで演奏できること、そして高音域は歌のような軽くて遠くに響く音色が出せることがとても重要だ、ということをしばしばシュテファンはテューバ仲間と話していた。〈メルトン・マイネル・ウェストン〉には小さなサイズのF管もあるし大きなサイズのF管もあるが、前述の内容の両方を達成できているF管はないのではないかと考えた。そこで今までにない全く新しいF管を作ることにした。
写真右から通訳石坂浩毅氏、シュテファン・ティシュラー氏、ビュッフェ・クランポン・ジャパン テクニカルサポート/テューバショールーム技術者 池田正太
2008年からこのプロジェクトは始まり、多くのプロトタイプをマイスターたちは作ったが、シュテファンをはじめとするテスターたちはなかなか首を縦に降らなかった。そして8年後の2016年、ようやく今の形“4250”が出来上がった。とてもいい感触だったので、シュテファンはバイロイト祝祭管で試すことにした。素晴らしい出来で、みんなで話していた理想のF管に非常に近い形だった!ただいくつかの改善点も見られた。リードパイプ、主管を変更することになり、50もの種類を試した。そしてようやく完成したのがプロトタイプ“4250”である。
ここでこのテューバの名前がないということに気づく。ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア)の音楽の文化に則した音色を持つこの楽器は“Tradition”と名付けられた。
写真右からシュテファン・ティシュラー氏、池田正太
“97”についての話、ドイツでは伝統的にB♭管とF管が使われていて、世界のほとんどではC管が使われている。C管の方が遥かにフレキシブルな使い方ができるが、B♭管の持つこの音色こそドイツの伝統に則していると考えている。“197”、“195”、“196”とこれまでメルトンは素晴らしいB♭管をたくさん作ってきたが、これらは大きなオーケストラにはとても適している。しかしドイツには120ものオーケストラがあり、ほとんどのオーケストラは編成が小さなオーケストラである。そういう場合はこれまで作られたものでは大きすぎる。4/4サイズのいいB♭管は〈メルトン・マイネル・ウェストン〉にはなかった。“197”の弟のような楽器ができないかと考えた。響き的に痩せすぎない、“197”のような音色が出るB♭管を完成させることにこの度成功した。その場でシュテファンは“197”、“97”を吹き分けてくれたが、両方リッチな音色で、全く音色の違いがわからないほどだった!
写真右から石坂浩毅氏、シュテファン・ティシュラー氏、池田正太
その兄貴分、“197”の歴史にも触れた。1900年初頭のチェコで作られた楽器のコピーであるということ。楽器職人のボーランド氏と同僚のフックス氏が共同で作ったとのこと。シュテファンの師であるワルター・ヒンガース氏がこの楽器を見つけ、オーケストラで試し、彼はこの楽器のコピーをメルトンに依頼した。たくさん音色を持ち、それでいて芯のあるまとまった音色が魅力だと話す。ベルサイズは元々コピーした楽器のベル先がもう壊れていて、切ったものをコピーしたそう。そのおかげか、芯のある音色を出せる楽器になった。この楽器もアップデートされていた。15年前にさらによくなるのではないかというアイディアが出された。リードパイプと主管にそのアイディアは施された。それが現代の“197/2”である。
写真右から石坂浩毅氏、シュテファン・ティシュラー氏、池田正太
驚いたのは〈メルトン・マイネル・ウェストン〉をテストしているプレイヤーの面々だ。ウィーン・フィルのパウル・ハルヴァックス氏、ベルリン・フィルのアレクサンダー・フォン・プットカマー氏、そしてバイエルン放送響のシュテファン・ティシュラー氏だ。おそらく他にもテスターはいると思うが、ドイツ、オーストリアのテューバスターたちが〈メルトン・マイネル・ウェストン〉の各機種に関わっていると思うと胸が躍った!使い分けについて、今回のツアーで演奏するマーラー7番、ブルックナー9番のような大きなシンフォニーでは“197”を使う。チャイコフスキーのシンフォニー、ブルックナーの前期のシンフォニーでは“97”を使う。ブルックナーの後期のシンフォニーはワーグナーテューバとコントラバステューバがセットで使われる場面が多い。作曲者自身人生の中でテューバのイメージがどんどん変わってきているのがわかる。ワーグナーの指環やパルジファルで聴いたB♭管のイメージが頭の中に確実にあり、彼に憧れ、彼の作曲したオペラの響きを盗み真似た。後期のシンフォニーでは大きなB♭管を使うのがいいと語る。そのアイディア、響の伝統を受け継いだ作曲家がR.シュトラウス、シェーンベルクだとのこと。興味深い話だった。
現代のオーケストラ事情にも触れた。“97”のようなB♭管が出来上がってから、シュテファン自身はB♭管でオーケストラの中で演奏することがとても増えたと話す。70%くらいはB♭管とのこと!
シュテファン・ティシュラー氏
「オーケストラのテュービストとして大切なことは弦楽器と管楽器を繋ぐ役割がある。ブラスセクション、ホルンセクション、コントラバスセクション…全てのセクションと音色がフィットすることが重要である。それがティンパニと同じである。我々の仕事の90%は響きを作ること。ソリスティックに演奏することはほんのわずかである!いつも楽しく、喜びを持って練習に取り組むこと。今の若者は現代がファンタジーに溢れていない世の中に感じると思うが、どうにか感じてほしい。音楽には際限のないファンタジーを持つことが可能で、自由でいいということ。自分のアイディアを勇気を持ってどんどん試すこと!テクニックも大切だけど、これが音楽だ!ということを聴衆に伝えることが最も重要であることを考えて欲しい。小さい子供達が常に喜びを持って生きているように、私たちは音楽を演奏しよう!」ということを若い音楽家たちに最後に伝えた。
レセプションでの記念撮影
写真右からティシュラー氏、本記事の執筆者 林裕人氏
※ シュテファン・ティシュラー氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈メルトン・マイネル・ウェストン〉Fテューバ”MW4250 Tradition”
〈メルトン・マイネル・ウェストン〉B♭テューバ”197/2”