Recherche
イベントレポート vol.02(前編)

バイエルン放送交響楽団テューバ奏者シュテファン・ティシュラー氏によるマスタークラスとトークショーを、名古屋フィルハーモニー交響楽団テューバ奏者の林裕人氏にレポートしていただきました。本記事は2部構成となり、こちらのページは前編となります。(2025年1月)
先日、日本にバイエルン放送交響楽団が来日した。コロナ禍で2度キャンセルがあったので、今回は6年ぶりの来日。マリス・ヤンソンス氏の亡き後、音楽監督となったサー・サイモン・ラトルと東京、川崎、愛知、兵庫で6つのコンサートを行い、プログラムもメインだけ並べてもブラームス交響曲第2番、ブルックナー交響曲第9番、マーラー交響曲第7番と、まさに演奏する方からしたらとんでもないハードプログラム…。日本での唯一のオフを今回ビュッフェ・クランポン・ジャパン テューバショールームでのマスタークラスにあてて下さったのが、シュテファン・ティシュラーさんだ(以下シュテファン)。
月曜日の日中にもかかわらず会場は超満員、席も脅威の速さで満席だったよう!それくらいシュテファンに対しての興味や期待をたくさん寄せてくれていたということに、筆者もシュテファン門下として素直に嬉しかった!
まずはミニコンサート。ヒンデミットのソナタを〈メルトン・マイネル・ウェストン〉の”MW4250 Tradition“F 管で。上質なサウンドとマスターピースに対して一点の曇りのない明快な音楽性と説得力のある解釈でヒンデミットの音楽を演奏した。驚いたのが2曲目のグバイドゥーリナは”197/2“B♭管で演奏して下さったこと!力強さの中にしなやかさがある強奏、美しくも重心は決して高くならない弱奏、上から下まで満遍なく音域も広いこの曲、本当にお見事だった…!あまり聴くことのないB♭管のソロの演奏に、鳴り止まない拍手で聴衆も応えた。
シュテファン・ティシュラー氏
そのままマスタークラスへ。通訳はテューバ奏者の石坂浩毅さん。受講生は東京藝大別科2年生の渡部陽菜さん、愛知県芸学部4年生の坂本信幸さん、東京藝大学部4年生の山本蒼太さんだ。
まず渡部さんはR.シューマンの3つのロマンスを演奏した。
シュテファンは「シューマンは大きな交響曲を書いていることで有名だが、その功績と同じくらい大きいのが、歌曲をたくさん残しているということ。彼の音楽を演奏するにあたり、もっと自由な音楽でダイナミクスもより自在で、何より全てを歌で埋め尽くすこと!」ということを話した。そして「この曲を通して何か物語を考えること。ファンタジーに満ちたこの音楽を、聴衆にわかるように演奏すること。自分のファンタジーを表現することを臆せず試すこと!そしていい歌手が歌うようにいいアーティキュレーションで、クリアな発音で!」ということを話していた。
実際にシュテファンは渡部さんに向かって指揮をして歌いながら説明していた。これは想像だが、バイエルン放送響には本当に名だたる名指揮者しか来ない。彼らとほぼ毎週リハーサルをすることで影響を受けているのか、筆者はシュテファンの指揮姿に圧倒された。どんどん音楽的に解放されてまさに歌そのものになっていく渡部さんの演奏に、会場は大きな拍手に包まれた。
写真左から、シュテファン・ティシュラー氏、石坂浩毅氏、渡部陽菜氏
次に坂本さんはヒンデミットのソナタを演奏した。
演劇的な要素を含んだ作品にも多いヒンデミット、音楽の持つ緊張感に負けないように、1つ1つのモチーフのキャラクターをより個性的に演奏すること。ダイナミクスの記号はあくまでもキャラクター、表情記号の要素、表現が決して薄れないようにすることも指示していた。
技術的なこととして、より多くの息を使うことを、実際に実演して示した。なんと深いブレスなのか!そして実演で聴かせるシュテファンの音色に会場全体が息を呑んだ。「浜辺で息をゆっくり吸ったら誰でも深く吸えるでしょ?それを思い出して!」と坂本さんに話していたのが印象的だった。みるみる響きを増して、音色が変わっていく坂本さんも印象的だった。
写真左から、大川香織氏、シュテファン・ティシュラー氏、石坂浩毅氏、坂本信幸氏
最後に山本さんはオーケストラスタディを演奏した。
・ワーグナー / 歌劇「ローエングリン」より第3幕の前奏曲
ライトモチーフの説明をした上で、他の楽器がどのように演奏しているか、どの音に重みがくるのかを必ず考えること。長いフレーズで実際にクレッシェンドするわけではないけど、エネルギーをしっかり保ってフレーズを作ること。
・ブルックナー / 交響曲第7番より第1楽章
重く演奏されることが多いが流れるテンポで、もちろんメインではないが、メロディを演奏するように美しく演奏すること。通常のアクセントと山型のアクセントはしっかり吹き分けること。音域によっても明記されている記号はクリアに表現すること。何気ないPの伸ばしの音もクオリティの高い音色で。
・ワーグナー / 歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲
主旋律とバスの2つのメロディがある。テューバパートは両方出てくるので、常にメロディであるということを意識すること。長いフレーズで、常にテンポの中で。後半の部分はたくさんのコントラバスと一緒に演奏するが、音をはっきり発音する事を意識して、明るい響きを大切に音楽を進めること。
写真左から、シュテファン・ティシュラー氏、石坂浩毅氏、山本蒼太氏
山本さんのマスタークラスでは、とにかくシュテファンがたくさん実演して指示していた。伸びやかな音色、解釈に基づく発音やアーティキュレーションの違い、息をたっぷり使うことの実演等、てんこ盛りだった。筆者は留学時代を懐かしく思う気持ちと、このレッスンを多くの方に聞いていただけたのが嬉しかった。交互に吹いて山本さんも感化されていく姿に、会場も盛り上がった。
3人のレッスンを終えたところで休憩。
ここまでも既に盛りだくさんだが、この後のトークショーはもっと興味深かった。
(※ 後編は2025年1月28日(火)に公開します。)
写真左から、石坂浩毅氏、坂本信幸氏、渡部陽菜氏、大川香織氏、シュテファン・ティシュラー氏、山本蒼太氏
※ シュテファン・ティシュラー氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈メルトン・マイネル・ウェストン〉Fテューバ”MW4250 Tradition”
〈メルトン・マイネル・ウェストン〉B♭テューバ”197/2”